夜中に手のしびれで目が覚める、朝起きると指がこわばってボタンがかけにくい。そんな症状で悩まれている方の多くが、手根管症候群と診断されています。
手根管症候群の手術は、手首の手のひら側にある「横手根靱帯(おうしゅこんじんたい)」という分厚い靱帯を切り離し、その下で圧迫されている正中神経(しびれを伝える神経)を解放するものです。従来は手のひらを数センチ切開して行う方法が一般的でした。
はせがわ整形外科運動器エコークリニックでは、フランスNewclip Technics社の「Kemis(ケミス)ナイフ」を用いたエコーガイド下手根管開放術を、国内でいち早く取り入れてきました。 さらに、この手術を安全に広めていくために、医療用シミュレーターを手がける日本の企業「WetLab(ウェトラブ株式会社)」と共同で、練習用ファントム(手術練習用の人体模型)を開発しました。
本記事では、この取り組みについてご紹介します。

まさに「手」を再現した模型
Kemisナイフとはどんな器具か
Kemisナイフは、エコー(超音波)を使った手術のために開発された、使い捨ての外科用ナイフです。刃がエコー画面に映りやすく設計されているため、皮膚の下で器具がどこにあるのかを、リアルタイムで確認しながら操作できます。 newcliptechnics
手根管開放術には「Kemis H3」というモデルを使います。メーカーによると、H3の皮膚切開はおよそ7〜15mmで、刃先には周囲の組織を刃から守るための形状が工夫されています。また、スペインの研究では、横手根靱帯の厚さは通常3mmを超えないとされるのに対し、Kemis H3の刃の幅は3.1mmであり、靱帯全体を刃の両端の間に収めて切れるよう設計されていると説明されています。 Kemis – Soft tissues surgery – Newclip Technics +2
手術では、手首のしわより少し腕側に小さな切開を置き、そこからナイフを挿入します。エコーで正中神経や動脈の位置を確認し、靱帯だけを手前から奥に向かって切り離していきます。手のひらそのものに傷をつくらないため、術後に物を握ったときの傷の痛みが出にくいことが、この方法の大きな利点です。
研究ではどのような結果が出ているか
Kemis H3を用いたエコーガイド下手術については、海外から報告が積み重なりつつあります。
スペインの研究グループは、エコーガイド下の手術25例と、従来の切開手術25例を比較しました。その結果、機能の評価や合併症の頻度に統計的な差はみられず、握力の回復はエコーガイド下手術のほうが術後6週の時点で早かった一方、3か月後には同程度になったと報告されています。 参考文献
また、イタリアの多施設研究では、2012年から2025年にかけてエコーガイド下手根管開放術を受けた735人を解析し、痛みの点数は術前平均6.37から術後12週で0.58まで下がり、正中神経の断面積も術後4週で縮小したことが示されました。 参考文献
一方で、この方法はまだランダム化比較試験や長期の多施設データが十分でなく、既存の研究にはメーカーや開発者が関わっているものも含まれるという指摘もあります。私たちは、この手術を「誰にでも向く万能な方法」とは考えておらず、エコー検査で神経や血管の走行を丁寧に確認したうえで、適した方に選択肢としてご提案しています。 参考文献
なぜ練習用ファントムが必要だったのか
エコーガイド下手術の最大の課題は、術者の技術です。皮膚の中を直接見るのではなく、エコーの画面を頼りに器具を動かすため、画像を正しく読み取る力と、手の感覚を一致させる訓練が欠かせません。
実際に、スペインの研究グループは80人の患者さんを対象に習熟の過程を調べ、手術時間は最初のおよそ30例を経て安定したと報告しています。つまり、一定数の経験を積むまでの期間をどう安全に乗り越えるかが、この手術を普及させるうえでの鍵になります。 参考文献
ところが、これまで手根管の構造を再現し、エコーで観察しながら実際にナイフで靱帯を切る練習ができる模型は、国内ではほとんどありませんでした。そこで私たちは、実際の患者さんに行う前に何度でも練習でき、しかも「本当に切れたか」を確かめられる模型が必要だと考えました。
WetLab社との共同開発
WetLab(ウェトラブ株式会社)は、滋賀県大津市に拠点を置く医療用シミュレーターのメーカーです。PVA素材を独自に加工する技術により、水分を多く含み、人体に近い触感を再現したウェットタイプのシミュレーターを製作しており、血管モデルや臓器モデル、画像検査用のファントムなど、さまざまな部位の特注モデルを手がけています。 wetlab
今回、手外科医・運動器エコーを専門とする当院の臨床的な視点と、WetLab社の素材加工技術を組み合わせ、手根管開放術の練習用ファントムを共同で開発しました。
このファントムには、主に次のような特徴があります。
エコーで観察すると、皮膚・横手根靱帯・その下の構造が層状に描出され、実際の手術に近い画像を見ながら練習できます。ナイフを進めたときの抵抗感や、靱帯が切れるときの手応えも体感できるよう調整しています。
さらに、練習の後にファントムを手のひら側から切開し、靱帯がきちんと最後まで切れているかを目で見て確認できることも大きな特徴です。エコー画面での判断と実際の切離状態を照らし合わせることで、「どのような画像のときに、どこまで切れているのか」を具体的に学ぶことができます。
患者さんにとっての意味
新しい手術法は、器具が優れているだけでは安全に届けることができません。術者が十分に練習を積み、手技の精度を確かめたうえで臨むことが何より大切です。
当院では、このファントムを用いた練習を重ねることで、手技の精度向上に取り組んでいます。また、今後はこのファントムを、エコーガイド下手術に取り組む他の医師の方々の教育やトレーニングにも役立てていきたいと考えています。国内でこの手術を安全に広げていくための「土台づくり」も、先駆的に取り組んできた施設としての役割だと考えています。
手根管症候群の診療や手術についての詳しい情報は、当院の手外科のページをご覧ください。
https://hasegawaseikei.com/medical/hand/
まとめ
はせがわ整形外科運動器エコークリニックでは、Newclip Technics社のKemisナイフを用いたエコーガイド下手根管開放術に、国内でいち早く取り組んできました。手のひらに傷をつくらず、エコーで神経や血管を確認しながら靱帯だけを切り離すこの方法は、術後の回復を早められる可能性がある一方で、術者の技術が結果を大きく左右します。
だからこそ私たちは、WetLab社と共同で練習用ファントムを開発し、安全性と技術の向上に取り組んでいます。
手のしびれや痛みでお悩みの方は、お気軽にご相談ください。
Web予約はこちら
https://patient.digikar-smart.jp/visits/reserve?institutionId=374d2e85-d733-48d6-af64-646a2ffe5820
参考文献
- Castro-Menéndez M, Balvís-Balvís P, Oiartzabal-Alberdi I, Ferradás-García L, González-Rodríguez E, Yañez-Calvo J. Percutaneous ultrasound-guided section of the transverse carpal ligament vs open surgery for the surgical treatment of carpal tunnel syndrome (CTS). Rev Esp Cir Ortop Traumatol. 2023;67(4):297-308. doi:10.1016/j.recot.2022.12.015
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1888441523000905 - Poggetti A, Rinaldi A, Biondi M, Bigazzi P, Di Sette P, Pugliese P, Sulpasso A, Pilla F, Smeraglia F, Brando A. Ultrasound-Guided Carpal Tunnel Release: Results from a Multicenter Italian Cohort of 735 Patients. Surgeries. 2025;6(4):92.
https://www.mdpi.com/2673-4095/6/4/92 - Castro-Menéndez M, Balvís-Balvís P, Denisiuk M, Vázquez-Cancela O. Assessing the learning curve for percutaneous ultrasound-guided release in carpal tunnel syndrome. J Hand Surg Eur Vol. 2025;50(10):1365-1370. doi:10.1177/17531934251338970
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https://doi.org/10.3390/jcm15166130 - Newclip Technics. Kemis – Soft tissues surgery.
https://newcliptechnics.com/product-range/kemis/ - ウェトラブ株式会社(WetLab)
https://www.wetlab.jp
【執筆者】
はせがわ整形外科運動器エコークリニック
院長 長谷川 英雄
https://medicalnote.jp/doctors/251104-001-DB
奈良県立医科大学医学部卒業。日本整形外科学会専門医・日本手外科学会専門医(医学博士)。手外科・運動器エコー診療を専門とし、国内外で研究・教育活動にも従事。チェンマイ大学医学部(タイ)派遣研究員、サン・ロッククリニック(フランス)留学、IRCAD台湾・IRCADストラスブール招聘講師を歴任。日本整形外科超音波学会評議員、Journal of Orthopaedic ScienceおよびJournal of Medicine and Urban Health査読委員など。
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- Office Surgery, エコーガイド下手術, 手外科









